【取材#12】「信じる」ことからはじまる自由進度学習(柴田理臣デザイナー)
認定こども園と義務教育学校が一体となり、0〜15歳のシームレスな学びを目指す「学び舎 ゆめの森」。開校と同時に新卒デザイナーとして着任した柴田デザイナーは、わずか3年目ながら、生徒一人ひとりに向き合う「学習者中心の学び」の実現に向けて挑戦し続けています。教師になるまでの経緯や、日々の気づきについて、お話を伺いました。
※「学び舎 ゆめの森」では小中学校教諭を「デザイナー」と呼んでいます
人間としての憧れをもった原体験
―教員を目指されたのは、何かきっかけがありましたか。
中学校の時の担任の先生に、憧れをもったことは大きかったです。それまで、先生といえば「集団に働きかける人」というイメージだったのが、その先生だけは僕をそのまま見てくれた、と感じました。
その頃は、勉強したいともあまり思わなかったし、下手したらドロップアウトしてもおかしくなかった。学校に行くことの目的もあまり見出せなかったんです。
ある時その先生と2人で話している時に、「俺はお前のこと、信じてるからな」って言ってくれた。その言葉だけは未だに心に残っているんです。先生の目も本気だった。「この人は本気で、僕に向き合ってるんだ」と感じて、人間としての憧れを覚えましたし、自分はこういう人間になりたいんだ、と。それから、教員という職を考えるようになりました。
教員としての自分を育ててくれた「学び舎ゆめの森」
―令和4年に、立ち上げ期だった「学び舎ゆめの森」に新卒で配属されたということで、教員としてのスタートが「学び舎ゆめの森」だったんですね。
学校名だけ聞くと、どんなところか想像もできませんでした。辞令が出てすぐにご挨拶しようと電話したら、由弘さん(佐藤教育長)が出てくださった。「4月までに何か準備できることはありますか」と聞いたら、「柴田くんが想像している普通の学校とは違うから、何の準備もしてこなくていいよ」って言われたんです。なので、本当に頭を空っぽにして来ました。
着任してからの1年目は、色んなことをあれこれやって、試していました。まるで、教員としての僕を育ててくれた授業のような、1年目だったなって。
今思うとすごいことだったなあ、と思うのが、由弘さん(佐藤教育長)、当時の増子副校長や教頭先生が、僕の授業の相談に、本当に真摯に向き合ってくださったんです。「こういう方法を試してみたいんです」と相談に行くと、アイデアを広げてくださったり、「こう思うよ」とフィードバックをくださいました。
今思い返すと、『それは良くないね』『ダメだね』とかは一言もなく、最後は必ず『やってみな』と送り出していただいた。なかなかうまくいかないことも多かったのですが、その支えがあったから、チャレンジできたと思います。
―柴田デザイナーにとって、「うまくいく授業」とはどのような授業ですか。
授業中で言えば、子どもの目がギラギラしている授業、かなって。目の前のことをやりたい、と夢中になっている、そんな目をしてスイッチが入っている瞬間です。授業後で言えば、印象的だったのは『スッキリした』って言っていた子がいて。本気で自分に向き合って、解決しに行ったからこそ、その言葉が出るのかなと思って、嬉しくなりました。
「先生の授業、本当につまらなかった」
―授業をつくる中で、大切にされていることは何ですか。
子どもたち一人ひとりが「成長する」時間にするために、その子が今どの段階にいて、どのように成長できそうかをよく見て、子どもと対話するようにしています。
同じテーマ、同じ課題を投げかけても、やっぱりどうしても簡単すぎる、難しすぎる、というのがあって。一人ひとりが今いるところを見てあげよう、とずっと思ってやってきたんです。
ただ、最近気づいたことなんですが「その子がどう思っているのかをちゃんと聞く」ということが抜けていたな、と。僕の想像の中で「こうやればこの子に合うだろう」とか自分の思いでやっていたけど、本当にその子が僕の関わりや授業に対して率直にどう思っているかを聞いていなかった。大事なところが抜けていた、と気づいたんです。
その子が今何をやりたくて、何を目指していて、どこまでできるようになりたくて、というのは、僕が決めることではなくその子が決めることですから。
―気づいたのには、何かきっかけがあったんですか?
2年目の終わり頃、ふと「僕の今の授業、君にとってはどう?」とある子に聞いてみたんです。そうしたら「今は自分の知りたいことをどんどん知っていけるから、やりやすいです。でも、ちょっと前までの先生の授業は、本当につまらなかった」という答えだったんです。
その時「ああ、この子はそう思っていたんだ」、と思うと同時に、その子に対して「ありがとう」って言葉が自然と出たんです。言ってくれた勇気に対する感謝というか、気づかせてくれてありがとう、と。
僕なりには子どもたちのために考えてやっているつもりだったけど、授業は子どもが学ぶための時間なんだって。僕がつくるのではなく、授業の時間も空間も子どもと一緒に作ろうって、ストンと腑に落ちたんです。そこからは、「学習カウンセリング」の時間の中で、子どもたちにどう思っているのかを聞き、それぞれの進度を合わせたやり方に変えていきました。
子どもって、本当に色々なところをよく見ているし感じています。「私は映像で観ると内容が解りやすい」という子もいれば、「書いた方が覚える」「文字だけ読んでいれば大抵は頭に入ります」とか、意見を言ってくれます。本当に一人ひとり違うんです。だからこそ、その子を最大限引き出せたらなあ、と思います。
自由進度学習の可能性
―「学び舎ゆめの森」では、学習者中心の学びへの取り組みとして、自由進度学習に力を入れていますね。その具体的な進め方を教えてください。
僕たちデザイナーから子どもたちに「今、君たちにはこういうことを身につけてほしい」という学習指導要領に沿った内容と期限を提示した上で、学び方と時間のマネジメントを、子ども自身に任せます。
例えば社会科では、5時間分の学習内容と、5時間目終了までにこのテストをクリアしてね、と提示します。そのゴールまでのやり方と時間配分について、学習カウンセリングで対話はしますが、最終的には子ども自身が決めて進めます。
―自由進度学習を見守る際、デザイナーはどのように関わって行きますか。
まずは、子どもを信じる。信じないと、任せられないと思うんです。 その子なりにやってみて、そのやり方が自分にとってどうだったか、学習カウンセリングで振り返って、じゃあ次はこうしてみようか、と対話していきます。「自由にはやっていいけど、その責任は自分で持つんだよ」とも伝えて、最終的には、「自分で思う通りに、まずはやってみな」と声をかけます。私が1年目の時に、由弘さんや増子先生に声をかけてもらった時と同じように。正直、「この子は違うやり方の方が進むだろうな」などと口を出したくなることもあるけど、決めてやってみた先に、その子の中で気づきがあるかなって。
―その進め方だと、「やらなくていいや」となる子がいるのでは?
いないんですよ、本当に。テストの結果だけでなく内容を理解しているか、対話して確認してもちゃんと理解しているんです。本当に驚きます。子どもって、すごいなって。
やっぱり、自分で決めて動くって、楽しいのかもしれないですね。やれって言われるよりも、「あとは任せるよ」って言われた方が行動しやすいのかもしれないです。
昼休みに進めたり、時間の使い方が上手な子もいます。例えば5年生の子で「これ早く終わらせて、残った時間で関ヶ原の戦いについて詳しく調べていいですか」って提案してきたり。それは5年生ではなく6年生の内容なんですが、学年で分けるのは大人の都合ですから「もちろん、やってみな」って。他にも、宿題を出していないのに「これ、宿題にして家で進めてきます」って自分で決めてやってきたり。子どもが自分の興味を探究したくて、その時間をつくるために学習指導要領の内容を自ら計画的に進めているんです。
―柴田デザイナーの思う、生徒・児童とデザイナーとの関係はどのようなものですか。
上下関係ではなく、一緒に時間をつくる、対等な関係でありたいです。違うのは年齢だけで。一緒に時間を過ごすわけだから、子どもだけがワクワクするのでもなく、私もその時間をワクワク過ごしたくて提案する人でありたいと思っています。
「プロジェクト型学習」への挑戦
―自由進度学習の可能性を感じるお話ですね。
その一方で、リアルな学びの機会として「プロジェクト型学習」を企画して、思い切り学びをデザインすることもあります。例えば、社会に出ると誰もが経験する「収入を得る」というプロセスについて、誰かのためになることで、結果的に対価を得るという体験をさせてあげたられたらと思い、去年は9年生に「大熊町を、ちょっと良くしよう」というテーマを投げかけたんです。子どもたちが考えて、地域中にアンケート調査をして。大熊町の皆さんの声を聞いて、自分たちもやりたいと思えることと重なる部分は何だろうと考える。本当に小さなWell-beingから始められたらなって。
今年の6年生からは、「飼っているウズラの餌を買うためにお金を稼がせてください」って声があがったんです。「待ってました!」という思いでした。今6年生は自分たちにできることを見つめながら、収入を得る方法を探究しているところです。
―プロジェクト型学習に取り組む時間はどのようにつくるんでしょうか。
社会の授業時間の中でやっています。学習指導要領の内容は、子どもたち一人ひとりが最大限に効果を出して終わらせる。そうすると、プロジェクト型学習にも時間が使えるようになります。子どもたちに任せてみると、探究したいことのために自分たちでサクサク進めていって、ちゃんと結果も出るんです。
―柴田デザイナーの挑戦してみたいこと、夢はありますか。
デザイナー同士で意見交換する中で、気づいたことがあります。子供だけでなく、デザイナーなど大人たちも、一人ひとり置かれている状況、経験、ポテンシャルが違って、輝くものが違うな、と。
野望として、大熊町の地域の方々、デザイナーなど、大人たちがそれぞれ得意な分野や経験を活かして「学び舎 ゆめの森」で子どもたちに関わっていただいて、その人自身がギラギラと輝くのを見てみたいんです。輝いている大人を見るときの子どもたちって、いつもと目つきが違うんです。そういう瞬間を、たくさん見てみたいなって思います。
(取材後期)取材の中で「〜に気づいた」という言葉を何度も言ってくれた柴田デザイナー。
試してみて、子どもたちの「そのまま」を見取って、気づいて、また新しいやり方を模索していく。自分が変わる事を恐れない、その姿勢こそが「学び舎 ゆめの森」の新しい教育の形をつくり出しているのだと感じました。