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【取材#10】ゆめの森は、「夢を追える場所」(猪狩 孝)

認定こども園と義務教育学校が一体となり、0〜15歳のシームレスな学びを目指す「学び舎 ゆめの森」。令和6年4月に着任された猪狩孝マネージャー(教頭)に、新任者ならではの視点から見たゆめの森の特徴と、他の学校との取り組みの違いについて、お話をお聞きしました。

※「学び舎 ゆめの森」では教頭を「マネージャー」、教員を「デザイナー」と呼んでいます。

〈プロフィール〉

猪狩 孝マネージャー(教頭)
部活動指導への情熱から教職に就き、中学校の数学教員からキャリアをスタート。相双地区の中学校の野球部顧問として全国大会や東北大会への出場を果たす。その後、高等学校教諭、小学校・義務教育学校教頭を経ており、小学校・中学校・高等学校すべての教員を経験している。
2011年に東日本大震災が起き、被災生徒の支援に尽力しながら、自身も双葉郡に留まるかなど、生活の拠点をはじめ、人生設計に迷い葛藤するも、双葉郡出身者として「双葉郡の教育再生に貢献する」ために昇任を決意。広野小学校教頭、川内小中学園教頭として、避難指示解除後の学校再開や義務教育学校の立ち上げに携わる。令和6年4月より「学び舎ゆめの森」のマネージャー(教頭)に着任。

震災後、持ち続けていた問題意識


―ゆめの森との出会いについて教えてください。

ゆめの森のことを最初に知ったのは、まだ新校舎が完成する前、会津若松市にあった頃です。AIドリルのキュビナを導入しているとか、教員をデザイナーって呼んでいるとか、表面的な情報を聞いて、正直あまりいい印象を持ちませんでした。「それって本当に必要なことなの?」なんて思っていたんです。

一方で、子どもの同質性を前提とした従来型の画一的な一斉授業に問題意識を持ち始めていました。震災後の双葉郡の学校は、避難解除されて戻ってきた学校ですから、極少人数の学級があるんです。一斉画一の授業で、子どもを枠に当てはめるのではなく、より個々の実態に合わせて対応していかないと、取り組みがマンネリ化し、子どもが力を持て余してしまう。また、発達障害が広く認知されるようになったこと等により、教育的な支援を必要とする児童生徒が増加している現状から、その様に感じるようになりました。

「どうしたら一人ひとりを大事にできるのか」と、自分の中で答えを探そうとしていた時に、令和5年の教頭会で、ゆめの森の新校舎を初めて訪れました。「学習者中心の学び」や「自由進度学習」の説明を聞いて、「子どもたちにとって、もしかしたらこの学び方が一番いいのかもしれない」と思い始めました。

学び舎 ゆめの森との、衝撃的な出会い


―赴任が決まった時は、どんなことを感じましたか。

「ここに赴任します」って聞いた時は、「まさか自分が」って思いもあったし、「自分が対応できるのか」って怖さや戸惑いがありました。でも同時に自分の視野を広げ、新たな教育観を得る可能性を感じていたので、まず先入観を持たずに受け入れようと心がけてはいました。ただやっぱり、自分の常識の壁はなかなか壊れなかったと思います。

―実際にゆめの森での勤務がスタートしてからは、どうでしたか。

赴任後の最初の3日間が、とにかく痺れる時間でしたね。南郷GMによる学校の説明、増子GMの施設案内、佐藤CEOの講話を聴き、自分の常識の壁が、否応なくガラガラと崩れていったんです。

ゆめの森で一番すごいと思うのは、太い信念といいますか、しっかりとしたコンセプトだと思います。この学校のビジョン・バリュー・ミッション、すべてガーンと太いもので貫かれてるんですよね。それが建物のつくり方などハード面も、学習の仕方などのソフト面にも、すべて一貫しているというのがゆめの森のすごさ、魅力だと思います。

最初の3日間を過ごして、頭に浮かんだ言葉が「挑戦」だったんです。これはもう「挑戦」だなって。「ゆめの森」っていう名前のとおり、「理想を追える、夢を追える環境」にあるんだな、ということをすごく感じました。
教員になった誰もが「一人も取りこぼさず、みんなを輝かせたい」という思いをもっていると思います。でも現実に、それは大変なことで、教員は皆その実現に向けて様々な努力をしています。具体的な方策はまだ見えてないので、まさに「ゆめ」なのですが、その「ゆめ」に近づき形にできそうな兆しや見通しが、ゆめの森で見えてくるような気がしたんですよね。

「もし私が子どもだったらここが一番好きです」というお気に入りの場所

子どもを「管理」するのではなく、「自立を促すサポート」をする

―学び舎 ゆめの森との衝撃的な出会いだったんですね。

ゆめの森に勤務するようになってから、「そもそもこれって何なんだろう」「何のためにあるんだろう」とよく考えるようになりました。今まで自分が正しいと思ってやってきたことが結構ぐらぐら動いているんですよ。
 
今までは学校って、「管理」という視点が強かった気がします。画一的な一斉指導では、教師が想定した枠の中に子どもを入れて管理しようとする部分があって、子どもを「管理すべき対象」として見ていたけれど、ゆめの森ではそうではなくて、子どもを「自立すべき学び手」と捉えている感じでしょうか。子どもを学び手として尊重しながら、自立を促すサポートをする。それは従来の「管理」の視点とは全く異なります。
 
―その視点が、取り組みに反映されている例はありますか。
 
一つの特徴的な取り組みとして、「自由進度学習」があります。従来型の教育では、教員が授業における多くの主導権を握って進めていくのですが、ここでは、学習の仕方を子どもに委ねるんです。単元全体の計画票を子どもたちに渡して、「どうやって学習を進めようか。教科書中心にやる?キュビナを使ってやる?それともある程度、この単元のここに対しての知識があるんだったら、最初に単元テストをやる?」など、子どもに情報を渡して、どうやって学ぶか、だれと学ぶかなどの選択を子どもに委ねる。その結果、今まで取りこぼしがあった小学生の算数で、分数の加減乗除を、学び直して出来るようになっていたり、更に先の単元まで学習を進めていたりします。学び方を子どもに委ねるとどうなるのか怖かったけれど、このやり方で、一人ひとりの学びが成り立ち、学力も従来型の授業と変わらず高めていけるのではと感じています。

算数の授業中にキュビナや教科書等、自分が選択した方法で学びを進める子どもたち

一人ひとりにとことん向き合うデザイナーたち


―そのような新しい取り組みは、デザイナーたちの力量も問われそうです。

問われますね。もちろん、デザイナーたちも迷いながらやっている。ただ、ゆめの森のすごいところは若手も含めてみんなチャレンジしてるんですよね。迷っていない教員はいないと思いますが、みんなそこに向き合っている。
 
私はおそらくゆめの森は、県内で一番「攻めている」学校だと思うんですよ。「一人ひとりの子どもを大事にする」という部分にとことん向き合っているのがこの学校だと思います。みんな、ちゃんと向き合っているんです。
 
―デザイナーは子どもたちにどのように関わっていますか。
 
子どもを子ども扱いしていないですよね。例えばルールを決める時は、子どもたちに情報を渡して、みんなで話し合って考える。指導する必要がある場合でも、子どもにまず事実を話して、子どもにどう思うのか聞くという形でやっています。様々な場面に子どもをきちんと参加させています。

子どもたちも自分の権利や自由を認めてもらっているから、自分以外の人の自由を認められるという度量が育っている感じがしますね。デザイナーが「こういう理由で、こうしたいんだけど、どう思う?」って聞くと、子どもたちも「わかった!」と受けとめる。ゆめの森に来て一番驚いたのは、多分どこよりもここの子どもたちは多様性を受け入れる土壌ができているということです。新しく入ってくる子に対して、とにかく寛容です。

―自分が大切にされていると感じると、人のことも大切にできるのかもしれないですね。

例えば、サブアリーナの前に積み木が積み上げてあるんだけど、子どもたちは作った子が壊すまで壊さないんですよ。作った人が次のものを作るまで、もしくは片付けるまでは大体そのままです。通常の学校であれば、いたずらして壊したり、自分が使いたい分を取って壊したりすると思うんですが、そういうことをしないんですよ。学校全体が優しい感じにあります。自分の子どももここで学ばせてみたいなと思うところはすごくありますね。

サブアリーナの前で、子どもたちの手で積み上げられた積み木

前を向いて、挑戦するだけ


―子どもたちの未来を見据えて、どのような力を養いたいとお考えですか?

学習指導要領における「育みたい資質・能力」はどれも大事なものですが、ここに来るまでは、「思考・判断・表現」をいかに伸ばすかが重要だと考えていました。でもゆめの森に来て、むしろ一番大事なのは「学びに向かう力、人間性等」なんじゃないかと感じているんです。授業中の子どものやる気という捉え方だけではなくて、学び続ける力や、子どもが学びに向かっていく姿勢の部分が重要なのではと。子どものその教科に対する「好きだ」「もっと学びたい」という気持ち、学びに向かう力が育っていけば、子どもたちが生涯にわたって学習者として自立できるのではないか、私たちが育てるのはそこなのではないかと。子どもたち一人一人の「好き」や「問い」を大切にするという姿勢は、これからの時代に必要不可欠だと考えています。
 
―ゆめの森の教育について、今後の展望をお聞かせください。
 
ゆめの森の取り組みは、少子化や小規模校の増加という社会の変化に対応するモデルになり得ると思います。日本の教育の未来には、このゆめの森でやっている視点が間違いなく必要だと思います。
 
大熊町は、いい意味で1回リセットされています。かつての大熊町の教育の大事なエッセンスは残しつつ、過去のしがらみがなく、前の学校に戻そうという視点が無いので、前しか向かなくていい。学び舎ゆめの森の教育理念を形にする取り組みに、私も管理職の皆さん、デザイナーたち、そして子どもたちと一緒に挑戦したいです。
 
それと同時に、今ゆめの森が取り組んでいるものを、何年経っても切り替わらないように、文化として残すために必要なことについても考えていきたいですね。

〈取材後記〉
「今までの常識が揺らぐ毎日で、まさに日々が挑戦です。正直、もっと若い頃にゆめの森を経験できていたらと思うこともあります(笑)。うちのデザイナーは本当にすごいですよ。」と明るい笑顔でお話しされた猪狩マネージャー(教頭)。子どもたちやデザイナーに寄り添い、新しい環境で自らを変え続け、等身大の「迷い」を率直に語る姿に感銘を受けると共に、猪狩マネージャー、そしてゆめの森の「挑戦」が見据える先に、未来の学びの形を感じた時間となりました。