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【取材#04】「こうでなければならない」からの解放(増子 啓信)

認定こども園と義務教育学校が一体となり、0〜15歳のシームレスな学びを目指す「学び舎 ゆめの森」。ゆめの森創設にあたり、増子啓信GM(副校長)が考える教育方針、子どもたちの「個別最適な学び」への取り組みについて、お話をお聞きしました。

※「学び舎 ゆめの森」では副校長を「GM」と呼んでいます。

プロフィール

増子啓信GM(副校長)
大学卒業後、小学校の教員へ。2011年の震災当時は小学4年生の担任だった。その後、教頭として福島県双葉郡葛尾村立葛尾小学校に赴任し、避難先の三春町から学校を戻し土台を構築。2019年に大熊町教育委員会主幹兼指導主事として着任。町教委の教育理念に基づき学び舎ゆめの森の教育内容を考えるとともに、学び方の多様性に応えられる校舎設計の基本構想、基本計画、実施計画に携わる。人とのつながり、縁を大切に学校経営・運営に取り組んでいる。

「子どもたちのために、何ができたのか」


―ゆめの森の構想に入る以前は、福島県の小学校教師として、また教頭として、ずっと現場で教えてこられたんですよね。
 
全校生徒の多い、いわゆる普通の小学校で、主に高学年を担当していた期間が長かったかな。
 
クラス経営をしていく中で、一番大事にしていたことは「授業は楽しく!」。私は算数が好きだったこともあって、算数好きな子どもが増えたり、全国学調などのテストでもそこそこ高い点数をとれるクラスになったり、嬉しいことに教え子が教師になったりとか…。一定の成果はあったんだけど。
でも振り返ってみたときに、私は子どもたちに、何ができたのかな、って思ったんだよね。算数で問題を解く楽しさは伝えられたかもしれないけど、もっと大切なことを見過ごしてきたんではないかって。
「考える」ことのおもしろさを、どれだけ伝えられたのか。子どもたち一人ひとりが自信を持って生きていくためのサポートは、本当の意味ではできていなかったんではないか、ってね。

大人も子どもも「こなす」から「考える」へ


―ゆめの森の教育内容を考えるとき、何を大切にしていましたか?

大熊にきて、これからの教育は何を大事にしていくのか、どうなったら魅力的になるのかと構想する中で、まず先生たちが「考える集団」になったらいいな、と。今までの教育現場では、先生たちは計画を「こなす」のに精一杯だったから。「子どもたちに考える力を…」というけれど、まず先生たちが「考える」ことをしないと、と。
 
いろいろ調べたりしていく中で、子ども一人ひとりの違いや個性を尊重する「イエナプラン」を採用している、長野県の大日向小学校へ見学に行って。
 
大日向小では、一斉画一の授業ではなく、1クラスに3学年が入り混じって、子どもたちが自分で学習の計画を立てていて。算数の時間の中で上の学年の子が下の学年の子に教えていたり、教科を横断して探究できる時間もあったり…。
当時の大日向小は立ち上げ期だったこともあって、これまでの常識的な見方でみたら、カオスともとれる状態でさ。一緒に行った先生たちの中には、「これ、学校と言えるの?」「何やってるのか分からないよね」という声もあった。
 
―これまでの常識からは、かけ離れた光景だったんですね。
 
でも私には、子どもたちが自分のめあてに向かって取り組んでいるのがちゃんと見えた。「やっぱりこういう姿だよね」って確信して。子ども一人ひとりが自分の意図を持って、先生もそれぞれ考えて動いていて。ルールがガッチリと決められていない中だと、子どもたちは自分で考えはじめるんだよね。そうして自己をマネジメントする力が身についていくのでは、と。こういう教育ができる環境を創りたいと思って、教育方針の検討や校舎設計に活かしてきました。

子どもたちが自分でマネジメントする時間割

 
―子どもたちが自己をマネジメントするとは、たとえばどのようなことですか。
 
子どもたちが時間割を自分でマネジメントできるのが一番いいよな、と思っていて。5〜9年生は毎週金曜日の時間割を自分で考えて決めています。子ども自身が時間の使い方を判断する、そういう学びにしたいし、そうできる、と思っています。
 
通常の学校では、学校の都合で、時間割が決められていて、子どもたちはそれを「こなす」ことを求められるでしょう。でも「もっと図工に時間をかけたい」、「理科のこの問いをもう少し考えたい」という時がきっとある。子どもが納得できていないのに学校側の都合で「はい、次!」 っていうのを繰り返していくと、子どもたちはだんだん「考える」ことをあきらめていくんじゃないかな。
 
今日はこの教科にどっぷりつかるんだ、って決めたら、4時間ずっと探求的な学びに没頭したっていいし、たとえば「算数をもうちょっとやりたい」という、「もうちょっと」の折り合いを子ども自身に委ねて、判断させる
大人になって仕事をするとき、誰も時間割を決めてくれないでしょう。自分で考えて自己をマネジメントする力は、生きていく力そのものだと思っています。

学校教育の「こうでなければならない」からの解放

―お話を聞いていると、「学校には時間割がなければならない」と当たり前に思っていたことが、くつがえされていきます。

今まで当たり前と思っていた概念、「こうでなければならない」「こうしなければならない」というのを、「本当にそうなのか」「もっとよくできるのでは」と問い直して、考える
それはゆめの森の新校舎の構想、教育内容の検討など、私がゆめの森で取り組んできたこと、すべてに通じるんじゃないかと…。
 
新校舎については、一律で子どもたちに同じことを教える、と考えるこれまでの学校教育の常識からみたら、使いづらくてしょうがない(笑) 一つとして同じ間取りの空間がないからね。
 
AI型教材の「Qubena(キュビナ)」を導入したのもそう。タブレット教材を使い、一人ひとりが自分の進度にあわせて課題に向き合えるようにして。プリントを渡したり、丸つけをしたりはAIに任せちゃって、デザイナーは子どもと「対話」をし、人として感じたことをもとに取組むべきことに集中したりできるように、と。それが「個別最適な学び」に繋がると思います。

校舎設計について議論を重ねてきたアーキシップスタジオの渡邊さんとともに新校舎にて


―0〜15歳までのシームレス教育であることも、「こうでなければならない」からの解放に、関係するのでしょうか。

年齢のことのみならず、子どもたち一人ひとりの個性を認め、特性を受け入れ、「ごちゃまぜラーニング」の実践により、緩やかな協働性に支えられた個別最適な学びを実現したい、と思っています。
 
これまでの学校教育では、どうしても同調圧力というか、「みんなと同じがいい」という見方があったんではないか、と。
ゆめの森では、一人ひとり違っていいという前提に立ち、学年も違う、興味や学びの進度がさまざまな子ども同士が混ざりあい、お互いを認め合えるよう、サポートがしたい。
 
目の前にいる多様な子どもたちに、デザイナーがどう関わりを持てるのか。デザイナー自身も変わる必要があると思っていて。ダイバーシティ&インクルージョンへの理解を促進する研修などを取組み始めているところです。

認定こども園の渡邊滝マネージャー(副園長)と


―当たり前と思っていた概念を問い直していく。「考える」ことは、すでに決まっていることを「こなす」よりも、大変な部分もありそうです。

仕事は増えるよね(笑)「もっとこうだったらいいんじゃないか」という理想を具現化するには、課題がたくさん
たとえば「通知表が、もっと自分の頑張りを感じれるものになったら面白いんじゃないか」とか、お風呂に入ってる時にいろいろアイデアが浮かんだりして。考えることで仕事が増えるけど、正解のない社会で新しいアイデアを生みだす過程が、やりがいにもつながるんじゃないかって。

ゆめの森のデザイナーたちは、ワークエンゲージメントという「働きがい」を測る指標が10段階で8程度と高いんです。これからも、「本当にそうなのか」と考え、「こんなことをやってみたい」と動く、デザイナーという仕事におもしろみを感じられる集団でいて欲しいなって。
 

「学び舎」の名に込めた想い


―ゆめの森で学べるのは子どもたちだけじゃないと伺いました。
 
ゆめの森の名前を考えるとき、学園や学校って名称も候補にあったんだけど、当時の教育長から0〜100歳まで学べる場所にしたい、という方針があったこともあり、ゆめの森は、100才まで学べる「学び舎」として創設することに。
 
0歳から100歳までが混ざりあえたら、多様な関わりができるし、小中学校時代に学べなかったお年寄りが学び直してもいい。ゆめの森の図書ひろばが町の図書館になって、大人が学ぶ姿を子どもが見て、そして、お互いに交流できたらいいよね。
 
将来的には、オンライン上にゆめの森を創れたらいいなって考えていて。たとえば避難先で馴染めなかった子とか、大学生とか高校生とかがもう一回中学校の内容を学び直したければ、それもオンラインでできるような。新校舎に「大学サテライト」っていう空間も設けたのはそれもあって。そういう意味でも、多様性がある学び舎になれたらいいよね。
 
―ゆめの森が開校して、実際の雰囲気はどうですか?


この写真、いいでしょう。新聞に載った写真なんだけど、ゆめの森の9年生が5年生をおんぶして、それを2年生が見ている。学び舎ゆめの森の校章に似てるなって思って。

学び舎ゆめの森のシンボル(校章)


こんなふうに混ざりあうのが、子どもたち本来の姿なんじゃないかって思っていて。まだ始まったばかりだけど、すでにこういう光景がたくさんみられて、ゆめの森でやってきたことは間違ってなかったんじゃないかって、嬉しくなります。
 
―ゆめの森の教育目標、目指していきたい未来を教えてください。
 
子どもたちについては、なりたい自分になれるように、やりたいことに没入して探究する、「胆力(物事に恐れず、動じない心)」を養っていくこと。そのためには、子どもたちがやりたいことに打ち込める環境が大事。自分はここにいて大丈夫、という安心感があれば、やりたいことに夢中になれると思う。それが未来を切り拓く力に、つながっていくんじゃないかな。
 
ゆめの森のビジョンとして、「私を大事にし、あなたを大事にし、みんなで未来を紡ぎ出す」という言葉を掲げているんだけど。自分に対しても周囲の人に対しても、それぞれが大切にしていることを尊重できる集団になれば、みんなで未来を創っていけるんじゃないか。ゆめの森に関わることで、子どもも大人も一人ひとりが「自分の物語を創る」ことができる。そんなビジョンをデザイナー、保護者のみなさん、地域社会と共有して、広げていきたい、そう思っています。


(取材後記)「こうしてみたい」「こんな教育があったらいいな」という希望を、明るく話してくださった増子GM。「こうでなければ」と理想を押し付けるのではなく、「こんなのがおもしろいんじゃない?」と明るいビジョンに向けて周囲を巻き込みながら、学び舎ゆめの森の新しい教育を次々とカタチにされてきたのだろうと感じました。