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【取材#07】「道草」が生まれる学び舎を目指して (渡邉文隆)

2023年7月10日に竣工した「学び舎ゆめの森」の新校舎。その校舎設計を担い、教育理念に込められた思いを受け止め、建築設計として形にしたのが「アーキシップスタジオ・鈴木弘人大熊町教育施設設計業務共同企業体」です。
「どこにもない建物で、新しい教育を」。創造力をかけて、目に見えない構想を校舎として具現化した建築家の方々がいます。
今回は、株式会社アーキシップスタジオの渡邉文隆さんに、校舎建設へどのように取り組まれたのか、建物の魅力や工夫されたこと、込められた想いなどをお伺いしました。

プロフィール

渡邉 文隆
株式会社アーキシップスタジオ共同代表、一級建築士。
教師一家に生まれ、両親が小学校教諭、兄が中学校教員。幼い頃から絵を描くことが大好きな子どもだった。
住宅、店舗インテリア、学校、図書館など民間、公共を問わず幅広い建築に携わる株式会社アーキシップスタジオの中で、立正大学プロジェクト、京都府立大学文学部およびその図書館を含む複合施設・歴彩館プロジェクトなど、教育機関の建築設計を数多く担当。
2020年9月に大熊町学び舎ゆめの森の校舎設計受託者に選定され、建築設計を担うこととなる。

「夢は画家」だった、学生時代

―建築家を志したきっかけはありましたか。

教師一家に生まれたので、幼い頃は「将来は学校の先生になる」と漠然と思っていたんです。ただ、とにかく絵を描くことが好きだったので、思春期を迎える頃には、将来は画家になりたいと思っていて。高校の頃は芸大を目指して、油絵を描いていました。
その頃、美術の先生に「画家として飯は食えない、ものづくりをしながら飯を食うなら、建築の道はどうだ」と、建築家・安藤忠雄さんの「ANDO」という本を渡されて。その本の中の建築の世界に、衝撃を受けました。「建築って、こんなに自由なんだ」「建築は社会をつくる仕事なんだ」と知り、それから建築の道に方向転換しました。

―その後、建築士としてキャリアを積まれた渡邉さんですが、学び舎ゆめの森の建築設計はどのように始まったのでしょうか?

ゆめの森プロジェクトは、2020年にプロポーザル(建築物の設計者を選定する際に、複数業者から企画提案を受け、優れた提案を選定する制度)がスタートしました。そして9月末に校舎設計受託者に選んでいただき、プロジェクトがはじまりました。

―「学び舎ゆめの森」の教育理念や目指す姿を聞いて、どう思いましたか?

初めて設計要項を読んだ時は、驚きがありました。「多様性と混在」「0歳から100歳までの学校」というコンセプトがあって、これが公教育でできたらすごいなと。

認定こども園と義務教育学校が合体しているというのが、すごく新しい。幼稚園時代は自由に遊びながら探究していたけど、小学校に上がった途端に決まった時間に決まったことをやる世界に入ってしまい、幼稚園時代の探究は断絶されてしまう。ゆめの森では、そこを断ち切らず、混ざり合いながら義務教育学校でも探究心を育んでいけるというのが、魅力的だなと感じました。
もう一つ、「0歳から100歳までの学び舎」というコンセプトは、学校づくりだけに留まらない、これは町づくりなんだという意志が現れていて、まさに未来の学校づくりだな、と感じました。

工事が始まってからも描き続けた検討スケッチ

―それまでの学校建築のプロポーザルとの違いはありましたか?

学校建築のプロポーザルはこれまでもたくさんやってきましたが、ゆめの森の建築要件はこれまでと全く違っていました。通常の提案の時は、最初に要件が厳密に決まっている場合が多いんです。標準設計として、クラスルームは何個必要で、その形は正方形で、と。そういう原則がある世界の中で、組み立て方の最適解を求められるのが、普通の学校建築なんです。どういう学びにしたいという議論は、建築家が関われる範囲が非常に限定されているわけです。
ですが、ゆめの森の場合は、全く逆で。基本構想案が示されていたものの、それはあくまで参考で、どういう学びにしたいという理念が強烈に全面に押し出された要綱になっていました。そこがすごく面白いなと。

―教育理念を実現する建築を、ゼロから考えられるということですね。

これまでの学校建築では、「どういう学びにするか」という理念の部分に踏み込めないもどかしさはずっとありました。
通常の公教育では、画一的なカリキュラムの中でいかに正解を早く答えるかが求められる。学校建築もその世界線にあるわけです。文科省で「探究学習」と言われていますが、ソフト面だけでなく学校建築ももっと変われば、「探究」モードへの変換もより進むのでは、と。そういった課題意識を持っていた中での、ゆめの森との出会いでした。

熱く議論を交わしてきた、増子GMと

「なぜ教室は四角かったのか?」から問い直す

―運命的な出会いですね。設計は順調に進んでいったんでしょうか。

最初の打ち合わせは、お通夜のように暗く、重苦しい雰囲気で(笑)私たちがコンペで1位に選ばれたはずなのに、当時の教育長や増子GMが、模型をみて「これじゃ普通の学校じゃないか」と怒っているわけです。自由なイメージで提案したつもりでしたが、「どこにもない建物で、新しい教育を」、というゴールにはほど遠かったようなんです。もっと上を求められていた。

―どのような指摘があったんですか?

当初、図書ひろばを中心としながらも、四角い教室を組み合わせた建物を提案していたんですが、増子GMは「何で四角いんだ」と、厳しい反応でした。教室が四角であることを「なぜ」と問うということは、根本的な固定概念から問い直すということです。いい意味でショックでしたし、本気度を知れたので「もっと斬新でいいんだ」 と、武者震いする感覚でした。そこから、三角形のフレームを組み合わせた基礎構造を思いつくことになります。

三角形のフレームを組み合わせた初期のスタディ模型

「遊び」と「学び」の建築の機能を混在させる

―設計するとき、どんな方向性をもっていましたか?

「公園のような、遊びながら学べる空間に」というのが、設計している時からずっと思っていたことです。子どもの自然な姿って、公園で遊ぶときのように、大きい子は小さい子を助けたりしながら年齢の違う子たちが混ざり合って、遊びを見つけながら色々と工夫したりして、実は学んでもいる。そういう姿なんじゃないかって。

今までの教育では、「遊び」を「学び」だと呼んであげられなかったけれど、ゆめの森では、それができるんじゃないか、と思いました。

―なるほど。建築としてはどんなふうに形にされていったんでしょう。

遊べる仕掛けをいろんなところに仕込んでいって。例えば、わくわく本の広場の真ん中にある緑のロゴマーク型の本棚があるんですが、天板に柔らかい素材のクッションを仕込んであって、本棚の上に子供は乗り移れるわけです。普通の本棚でやったらすごく怒られるやつです(笑)本棚を本棚として使うだけでなく、この本棚に飛び移って、遊具として遊んでるうちに、スイッチが入れば本で学び始める子もいたらいいな、と。

飛び移って遊べる、ロゴマーク型の本棚

通常、建物の中には2つの「具」と付くものとして「家具」と「建具」があるんですが、ゆめの森は、そこに「遊具」としての要素を混ぜたい、と思っていました。「遊び」と「学び」の建築の機能を混ぜることが、子どもたちが自然に混ざり合う環境の一歩目になるといいな、と思っています。
わくわく本の広場のシンボルになっている「すり鉢」「さざえ堂」の愛称で呼ばれるとても大きな本棚から、園児用の小さな椅子に至るまで、そのコンセプトを一貫させて計画しています。

「迷ったら、突き抜けろ!」

―乗って遊べる本棚、斬新です。提案した時はどんな反応だったんですか。

「面白いね」と、すんなりやらせていただきました(笑)他にも「家具」や「建具」と「遊具」の機能を混ぜるアイデアを、スケッチをしながらどんどん提案していくと、増子GMはいつも「迷ったら、突き抜けろ!」って声をかけてくれたんですよ。誰もやったことのない新しい教育に取り組んでいるからこその言葉だと思ったし、かっこいいなーって思っていました。私が遊び心をもって提案することを、すごく喜んでくださっていた。

制作家具のイメージスケッチ

「道草」が生まれる学び舎

―新しくできた校舎の中にいると、大人も子どもも建物の中を回って、ついつい回遊しちゃう感じがします。

設計してみて、「道草」できるような空間をいっぱい作りたかったんだな、って思って。心理学の河合隼雄さんの「こころの処方箋」というエッセイの中に、『道草によってこそ「道」の味がわかる』という言葉があるんですが、すごく素敵な言葉だなと思っていて。ゆめの森の設計中ずっと心に留めていた一文です。

普通の学校の先生は、「道草しないで早く帰りなさい」っていわないといけないわけですが、道草ほど楽しく、自分の好奇心のおもむくままに好きなことに没頭する時間もありません。これまでの教育の姿って、目標があれば、そこに一直線に向かうことが正しいっていう考え方ですけど、これからの社会では必要なことが変わってくるんじゃないかなと。くねくね曲がったりとか、ちょっと寄り道して違うことに興味を持ったりとか。偶然の出会いや新しい発見に満ちた「道草」の体験が、これからの社会を生きていくのに大切なのでは、と思っています。

―ゆめの森の校舎でいう「道草」は、例えばどんなことですか。

いわゆる「道草」は、道に落ちている雑草、落ち葉、枝などがそれを豊かにしてくれますよね。ゆめの森のなかで「道草」を豊かにするのは、至るところに散りばめられた「本」だと思います。まだ知らないたくさんのことに囲まれている、と自然に感じられ、いつか知りたい、読んでみたいという探求心が無意識にくすぐられる環境になっていると思います。

僕ら大人も、一見無駄な、余計なことをしている時の方がいいアイデアが浮かんだりしますよね。
ゆめの森のデザイナーの方々が、子どもたちに「道草」できるような時間の使い方を許してあげていることも、感動的だと思っていて。私は建築家として偶然の出会いや発見に満ちた建物を創ったと思っていますが、使うデザイナーの方々がそれに重ねてくれている。それが建築家としては、すごく幸せで。建物を使う側と、創る側の理念がこれほど一致した建築は、見たことがないです。
デザイナーの方々の子どもたちへの言葉によって、この建築がさらに活きてくる。私も想像していないようなシーンが、この校舎で生まれるんじゃないかと思います。

(取材後記)時には厳しい指摘を受けながら、教育理念に向き合い設計してきた濃密な3年間。認定こども園と義務義務教育、地域交流が一体となる、正解のない建築過程で、奇跡ともいえる唯一無二の建物が完成しました。
お話をお伺いして、新校舎ではじまる教育の未来が、より楽しみになりました。