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【取材#08】誰も見たことがない “本の森” 創造プロジェクト

学び舎 ゆめの森では校舎の内装全体に本が並べられ、子どもたちは本棚に囲まれた環境で過ごします。その様子はまるで、生い茂る木々に囲まれた「本の森」のよう。
「校舎の至るところに本を散りばめ、子どもたちは本とともに学校生活を送る」。誰も見たことがないその構想を形にする過程で力を注ぎ、奮闘してきた司書・図書担当教員の方々がいます。
今回は、山口ブックソムリエ、渡部デザイナー、鈴木デザイナーに、「本の森」をどのように創り上げられたのか、工夫されたこと、込められた想いなどをお伺いしました。

「本の森」プロジェクトメンバーのプロフィール

山口ブックソムリエ(学校司書)
「読書の町」と呼ばれる大熊町で、震災前から中学校教員として勤務。結婚を機に会津若松市に拠点を移していたところ、発災以降、大熊町立小・中学校の避難先が会津若松市だったことが縁で、再び大熊町の教育に関わることに。会津若松市では、全国から寄付された図書を配架した仮設の図書室づくりにも携わる。まだ仮設校舎だった頃から、学び舎ゆめの森の前進となる「未来教育検討委員会」に学校司書として参加。
「本の森」創造プロジェクトのリーダーとして本の分類、会津若松からの本の運び入れ、配架など企画全体に携わる。
子どもの頃は、母の本棚から大人向けの小説やエッセイを出してきては読みふける、本好きな少女だった。

渡部デザイナー(図書担当教員)
後期課程(中学校に相当)の教員。担当教科は国語、道徳。2022年4月よりゆめの森のデザイナーとなる。好きな絵本は「めっきらもっきらどおんどん」、好きな小説は「チルドレン」。
「本の森」創造プロジェクトではブックアドレスなどの名前づけ、分類、ディスプレイなど担当。

鈴木デザイナー(図書担当教員)
前期課程(小学校に相当)の教員で1年生の担任。担当教科は国語、算数、生活。2021年にゆめの森に赴任してから、自身も本を読むことが増えた。好きな作家は瀬尾まいこ、原田マハ。
渡部デザイナーとともに「本の森」創造プロジェクトでは本の分類、ディスプレイなどを担当。読み聞かせなど読書関連の企画も行っている。

―学び舎 ゆめの森は、校舎のどこを歩いても本棚がありますね。ゆめの森の「本」について、特徴を教えてください。

山口ブックソムリエ:ゆめの森は、校舎全体が図書館になっています。子どもたちが学校生活を送る動線に沿って、校舎の至る所で自然と本が目に入り、手にとれるように配架しています

渡部デザイナー:校舎は2階建てですが、1階と2階で本の対象年齢が変わります。直感的に本の場所がわかる1階、日本十進分類法(日本で使われている図書分類法)に従って整然と並ぶ2階と、それぞれに本の並びの美しさがあるんです。

鈴木デザイナー: 前期課程(小学校)1、2年生を教えていますが、生活科の授業などで植物や動物のことを調べる機会が多いので、植物や動物に関する本は小学校のスペースに近いところに配架しました。子供達が使いやすい場所に本棚を設けたことで、必要なときにすぐ手にとって読むことができています。

渡部デザイナー:体育館のそばにはスポーツの本、こども園が近いところには絵本など、場所と本の種類が一致するように並べています。現在2万冊の本がありますが、4万冊分の本棚があって、現在進行形で本を増やしたり、ディスプレイの仕方を変えたりと、つくり続けています。

視覚的にも感覚的にも教科に親しみを持てるよう、ディスプレイに工夫を凝らします。

―校舎の内装としてこのような本棚の配置は珍しいと思いますが、最初に校舎設計の計画を聞いた時はどう感じましたか。

山口ブックソムリエ:正直いうと、えーっていう、戸惑いの方が大きかったです。従来通りの分類法で並べたほうが、本を探しやすいと思っていたので。でも、「図書室に寄り道して欲しい」というのは、昔から願っていたことだったので、ゆめの森ならそれが叶うんだ、と考え方を変えました。

―「本の森」を創り上げる中で、どんなことに力を入れましたか。

山口ブックソムリエ:新たな本と出会いやすく、それでいて探しやすく本を並べたかった。そのためには、本の分類方法を新しく生み出さなくてはいけなかったんです。

渡部デザイナー:特に1階の分類ですね。子どもたちが直感的に本のジャンルがわかるようにするために、本の分類を1から考える必要がありました。

SDGsにある17の目標に合わせた分類で配架した、こだわりの本棚

山口ブックソムリエ:例えば図工室の近くにものづくりの本、理科室に入る入り口付近に理科に関する本を配架するには、日本十進分類法を崩して、ゆめの森独自の分類法を生み出す必要がありました。いわゆる「ライフスタイル分類」ですが、その新たな分類を創るのにかなり時間がかかりましたし、大変でした。

まだ会津若松に校舎があった頃、ワークショップを開いて、子どももデザイナーも一緒になって「どんな分類があったらいいか」と議論したり、アイディアを出し合ったりもしたんです。ライフスタイル分類を取り入れている県外の公共図書館に出掛けてお話を伺ったのですが、もやもやが晴れず、その後お電話でも質問しました。試行錯誤しましたが、大分類、小分類と分類していくと、必ず迷子になる本が出てきてしまう。暗中模索の日々でしたね。

渡部デザイナー:本の分類は本当に時間がかかりましたね。また、「本の森」は創り続けていて、まだ本が配架されていない本棚が多いこともあり、「Myベスト本棚」を企画しました。子どもたちとデザイナーのお気に入りの本を本棚一区画を使い、装飾なども好きな物で固めて紹介していて、素敵な本棚になっています。

鈴木デザイナーのマイベスト本棚の前で

―大熊町は、震災前から「本」に力を入れていた町だと聞きました。

山口ブックソムリエ:震災前の大熊町には素敵な図書館があり「読書の町」として取り組んでいました。今ある本のほとんどが震災後寄贈されたものです。
原発事故後、何も持ち出せなかったので、避難先では図書室の本棚はスカスカの状態でした。そこへ団体様から個人様まで、たくさんの方々に本を寄贈いただき、ここまでになりました。だからこそ、私は本たちに愛着があります。

支援物資としては普通食料や衣類、医薬品などに目がいきそうですが、そこに「子どもたちのために本を」と、避難してすぐ寄贈いただけることになったのは驚きでした。
子どもたちには、こうして集まった本の温かさも伝えていきたいです。

ゆめの森のうた(校歌)の作詞を手掛けた詩人の谷川俊太郎さんのコーナー

― ゆめの森の新校舎での生活が始まって以来、「本」と子どもたちとの関わりに変化はありましたか。

鈴木デザイナー:読書の時間にブックソムリエに読み聞かせをしてもらったときに、子どもたちの集中力が長く続かず途中で飽きてしまうお子さんもいました。最近読み聞かせを行ったときには、以前と比べると子どもたちの集中力が持続していて、本の世界に入り込めているように感じました。それは、小学1年生がこども園の園児に読み聞かせをしたり、大熊町にゆかりのある「くまのポケット」の方々に読み聞かせをしてもらったり、本に親しむ機会が増えたことも影響しているかもしれません。

小学生(前期課程)の生徒が読み聞かせをすると、こども園の園児はみんな熱心に聞き入っています。0〜15歳までのシームレス教育ならではの、光景です。

山口ブックソムリエ:前期課程の小学5年生の女の子が「図書の仕事をしたいです」と言ってくれて、本の返却処理など図書事務を手伝ってくれています。仕事を教えていくと、どんどん覚えて、色々なことを任せられるようになりました。そうするとまた別の子が、何をやっているのかと興味を持ってくれるようになって。自然といろいろな本に触れ、「こんな本があるんだな」とか「どうすればみんな読んでくれるかな?」と読書活動のきっかけにもなっています。大人からの働きかけだけでなく、自分たちでまずはやってみようと動く気持ちに触れ、嬉しかったです。

―「本」はどのようなものだと感じていますか。

渡部デザイナー:本の話をしている時の子どもたちはやっぱりすごくて、いつも以上に喋ってくれます。非認知能力は、本を通していないと育たないものがあるなっていうのは感じました。例えば、ゆめの森専任アーティストで演劇の脚本演出を担当している木村準さんはすごく読書家なんです。詩や小説から言葉をたくさん引用して演劇を作られていて。子どもたちもその語感の良さ、言葉の良さが感覚でわかるんですよね。口ずさんだりして、子どもたちが無意識のうちに演劇を通して、実は詩にも親しんでいるというのがゆめの森の演劇の良いところだなと思って。その時、本ってやっぱり読まないとダメだなっていうのを感じましたね。

鈴木デザイナー: 読書を通して、心が豊かになる、表現が豊かになると感じています。本を読むことが楽しみや癒しの一つになっている子どもたちもいます。ただ静かに読むだけが本じゃないということや、本の楽しみ方を模索しながら広めていきたいです。

お願いして作ってもらった読み聞かせ専用のお部屋「くまのポッケ」

山口ブックソムリエ:まだ震災後間もない頃、避難先で寄付されたダンボールに入ったままの本を、子ども達がすごい勢いで借りていってくれたんです。あの頃は特に精神的にも大変な時期でしたから。本って、人間にとって生活物資に負けず劣らず、なくてはならないものなんじゃないかと思いました。
会津若松で仮設の図書室をつくった時のこともすごく印象に残っています。当時図書館づくりのために多くのボランティアのみなさんにお世話になったのですが、そこが会津若松市民と大熊町民がつながる場所でもありました。図書室って、本を読むだけではなく、「集う場所」でもあるんだなと。図書室という場所の意味をこれほど深く感じた経験はありませんでした。

子どもたちが思わず本を手に取りたくなるこだわりの「面出し」

―プロジェクトを通して、改めてご自身にとってこの仕事はどのようなものでしたか。

山口ブックソムリエ:以前は、どちらかというと傍観者のような見方で、いろんなことを見ていた気がします。のほほんとしていたらこのプロジェクトが始動し、自分がしっかりしなきゃと実感しました。創る課程で建築士やサインのデザイナーさん、本の引越しをしてくださった日通さん、図書管理システムの京セラさんなど、さまざまなプロの方と仕事ができて刺激を受けることが多かった。やったことのないことばかりでしたが、周りの方々に助けられながら進めているうちに、まだ知らなかった自分に出会った気がしました。一言で言うと、面白かったです。

家で本を読むことを勧めるため企画した「家読コーナー」本棚がスカスカになるのが目標です。

―「本の森」について、今後取り組みたいことを教えてください。

鈴木デザイナー:ずっと読み聞かせだけになってしまうと、受け身になってしまうように考えたので、もっと読書に親しめるような活動を工夫して考えているところです。聞くだけじゃなく年下の子たちに読み聞かせをしたり、自分が本を紹介するということをだんだん低学年へ試みています。また、オーディオブックも導入しているので、電子書籍も活用してさまざまな媒体で読書を楽しめたらいいなと思っています。

渡部デザイナー:今以上に本に関心をもってもらい、本の魅力にふれられる機会を増やしたいです。学び舎ゆめの森では本を買い続けていますが、本は一気に配架してもいい図書館にはならないものなので、最初から完成させようとせず、新しい本、歴史のある本、両方が輝く図書館を作り続けたいです。

鈴木デザイナー:その時々でおすすめの本や最新の本が変わってくるので、一気に入れるよりも少しずつ入れたほうが、読む側も興味を持ってくれるんじゃないかなと思います。

山口ブックソムリエ:大人も子どもも「道草」できるのように、新たな本に出会える環境づくりを続けたいです。そのためには、本が並んでいる環境がただの「風景」にならないよう、いつもどこかに変化を見つけられるような楽しい図書館づくりをしたいです。こども園の子どもたちには、小さなお話会を続けて読書に親しむきっかけづくりをし、前期・後期課程の子どもたちは、本の世界に浸ってほしいので、魅力的な本を選書していきたいですね。

(取材後記)
今回お話を聞いて、「本の森」は「子どもたちが本に親しむこと」を考え続けたブックソムリエ、デザイナー、そして関わるプロたちが形にしてきたことを知りました。学び舎 ゆめの森で、子どもたちと本の新たな物語が次々と生まれていくことが、さらに楽しみになりました。



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